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隅田川を愛した男 「芥川龍之介文学碑」墨田区都立両国高校内・区立両国小学校
芥川龍之介は明治43年(1910年)両国高校の前身である旧府立三中を卒業。約20年間その思春期のほとんどをここで過ごした。後に数々の名作を世に残しましたが、この碑文には彼が愛してやまなかった大川(隅田川)について述べた随想の一部が記されています。「大川の水」「本所両国」「大導寺信輔の半生」など本所を描いた作品も多い。
芥川龍之介文学碑
おいてけ堀 河童は本当にいるか? 「おいてけ堀」
その昔、本所周辺には堀割がたくさんあり、その堀割の一つでたくさんの魚が釣れたそうです。ある日の夕方釣り人が魚を釣って帰ろうとすると、堀の中から「おいてけ」の声。釣り人はびっくりして魚を置いて逃げ出しました。そして同じことが頻発したため、いつの間にかこの堀割をおいてけ堀(錦糸堀)と呼ぶようになり、その声の主こそ河童ともいわれています。
己を忘れ他を利する大慈悲心 「江東観世音」
昭和15年板東十六番水沢観世音別院として建立。御本尊は千手観音菩薩です。家内安全、交通安全、厄除け、六三除け、虫封、方災除けなど。他に境内には清昌稲荷大神、出世弁財天、水洗い観音、お地蔵様、馬頭観音等が祀ってあります。
江東観世音
国産マッチ発祥の地 ちょっとマッチ!「国産マッチ発祥の地」
都立両国高校の体育館の裏にそれはあります。金沢市出身の清水誠が明治9年、本所区柳原町のこの地にわが国最初のマッチ工場を建設。石碑には今はなくなってしまった、当時のマッチ箱の図案が描かれています。
タニシが助けたお稲荷さん「田螺稲荷」墨田区江東橋2-6
ビルとビルとの谷間にひっそりとそのお稲荷さんはあります。その昔、錦糸掘から堅川方面にかけて火事があり、この稲荷も焼失するかというところで、社の脇の池から、タニシが這い出し、お稲荷さんを守ったというのです。人々はこのお稲荷さんは火防せの守り神だと言い、それから田螺稲荷と呼ぶようになった。
田螺稲荷
法恩寺 太平町の由来がここにあった! 「法恩寺」墨田区太平1-26 03-3622-8267
開山は本住院日住上人、開基は太田道灌公。道灌公は長禄2年(1458)江戸城築城にあたり、丑寅の方に城内鎮護の祈願所として建立。その後法恩寺と改称されました。山号を平河山と称するのは当時この付近が平河村と呼ばれたため。また神田柳原から谷中清水町、そして元禄8年現在の場所に移されたと言われています。この場所が太平町と呼ばれるのは太田道灌の「太」と山号の平河山の頭文字をとって名付けられたからだそうです。

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